大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)5796号 判決 1972年4月28日
原告 河村豊一
右訴訟代理人弁護士 中村健太郎
右同 中村健
被告 日本証券株式会社
右代表者代表取締役 小西保
右訴訟代理人弁護士 多屋弘
右同 中村善胤
主文
一、被告は原告に対し、別紙目録記載の株式を引渡せ。右株式の引渡につき執行不能となったときは被告は原告に対しその不能となった株式につき同目録の「(五)株式時価」らん記載の価格の割合による金員を支払え。
二、被告は原告に対し金一二六万〇、一三四円およびこれに対する昭和四四年一〇月三〇日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
四、この判決は、原告において金一五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
一、(当事者の申立てた裁判)
(一)(原告)主文同旨の判決および仮執行宣言の申立。
(二)(被告)請求棄却、訴訟費用原告負担の判決。
二、(請求原因)
(一) 被告は大阪証券取引所一般取引員で、有価証券の売買ならびに有価証券市場における売買取引の委託の媒介等を営業とする、いわゆる有価証券業者である。訴外山田武好は昭和三九年一一月初被告に雇傭せられ、同四四年七月二五日まで勤務していたのであるが、その間外務員として顧客の株式の売買委託等の注文を受け、被告をして有価証券市場での売買を媒介等をせしめていたものである。
(二) 原告は被告の外務員としての右訴外山田に対し、その被告方在職中、別紙目録記載名柄、種類、数の株式(以下本件株式という)を同目録記載の日にそれぞれ預託した。
(三) また、原告は昭和四一年中頃に右訴外山田に対し預託していた松下電工株式会社株式一株の額面五〇円株、二、四〇〇株の売却を同四四年一月一八日頃注文したところ、同訴外人は右同日これを金一二六万〇、一三四円で売却したが、その代金の支払をしない。
(四) よって、原告は被告に対し本件株式の引渡およびその執行不能のときは最終口頭弁論期日の右株式の価格相当の金員の支払と、右株式売却代金一二六万〇、一三四円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四四年一〇月三〇日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三、(答弁と抗弁)
(一) 請求原因(一)記載の事実は認めるがその余の事実は否認する。とくに、松下電工株式会社の株式二四〇〇株は右訴外山田が預ったことはない。たんなる数字上のものである。
(二) 原告は右訴外山田が被告の外務員として勤務する前より同訴外人に対し株式の預託をなしていたものであり、両者は特別の信頼関係にあって、右訴外人は原告の代理人として原告のために株式の受託等に従事していたところ、被告の外務員として勤務してのちも、原告との間では従前と全く変らぬ関係を継続していたものである。それゆえまた、原告は右訴外人が被告のためにその外務員としての行為をなさないことを知っていた。
四、(抗弁に対する認否)
すべて否認する。
理由
一、請求原因(一)記載の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、請求原因(二)記載のとおり原告は訴外山田に預託し、その預託の目的はすべて株式の名義書換えのためであったことが認められ、右認定に反する証拠はない。さらに、≪証拠省略≫を総合すると、原告は訴外山田に対し昭和四一年頃一五〇〇株、同四三年六月五日七五〇株、同年八月六日一五〇株をそれぞれ預託していたところ同四四年一月一八日頃右合計二、四〇〇株を売却することとし、訴外山田に売却の注文をし、同訴外人は右同日これを売却し、その代金から手数料、税金を差引き原告に支払うべき金額は金一二六万〇、一三四円であることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
二、(一) 証券取引法(昭和二三年法律第二五号)は、今日まで幾度かの改正を経ているが本件に関する限り、昭和四〇年法律第九〇号「証券取引法の一部を改正する法律」が重要であり、同法はその附則1にもとづく昭和四〇年政令第三二〇号「証券取引法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」により昭和四〇年一〇月一日より施行されることになった。
(二) 原告が本件株式を株式の名義書換のために前記訴外山田に預託したことは前段認定のとおりであるので、株式の名義書換のための株式の預託が証券業者(右改正前の名称)ないし証券会社(右改正後の名称)の業務の範囲にはいるか否かが一応問題となる。右改正前後を通じて右の点につき法律は明文の規定をおいていないけれども、右名義書換のための株式の預託が証券業者ないし証券会社の附随的業務に属するという取引の実情に照して考えると、これを右業務の範囲にはいると解すべきである。
(三) つぎに、外務員の行為につき証券業者ないし証券会社が負うべき責任の範囲について、右改正法により第六四条が新設され、同条が「①外務員は、その所属する証券会社に代わって、その有価証券の売買その他の取引に関し、一切の裁判外の行為を行なう権限を有するものとみなす。②前項の規定は、相手方が悪意であった場合においては、適用しない。」と規定しているので、右改正の前と後とでは規定の上からは著しく異なる法状態が存する。しかも、本件事案は、前段認定のとおり、右改正前後に跨がる事案であるので、右改正の前と後とを区別して論じるべきこととなる。
改正前について検討する。なるほど改正前は右第六四条と同内容ないし同趣旨の規定がなかったのであるが、その直前の事案に対する法の適用にあたっては、同条の趣旨を汲んで法解釈をなすべきである。そして同条の趣旨は、従来外務員の個々の具体的行為につき権限の有無が争われた事例が多かったがそのことにより一般投資者の保護が著しく害され、かつ外務員制度に対する一般の信頼が破られ、ひいては有価証券の円滑な流通が阻害されることが危惧され、そのことが現実となると結局、証券取引法の第一条所定の目的が達成されえないことになるので、これを防止するという点にあると解される。この法の理念に併わせ、一般取引上外務員には、改正前証券取引法五六条一項の規定にかかわらず、広い範囲の取引行為をさせていたという、取引の実情を考慮すると、外務員と顧客との間に一般取引関係から生じる信用を越える特別の個人的信頼関係が存し、顧客が外務員に対し証券業者の使用人たる地位を去って自己のために行為することを求め、外務員がこれに応じたと認められるだけの特別の事情が存しないかぎり、外務員は証券業者の代理人である、と解すべきである(最高裁判所第三小法廷判決昭和三八年一二月三日昭和三八年(オ)第五六二号参照)。そして、右特別の事情に関する主張、挙証責任は、証券業者に存する、と解するのが相当である。
改正後について検討する。前記証券取引法第六四条は前掲のとおり第一項においてみなし規定をおき、第二項において顧客が悪意の場合に右みなしの効果を解除する旨の規定をおいている。それゆえ、顧客が自らを原告とし、証券会社を被告として外務員の行為による責任を追及するために訴を提起した場合、原告の主張、立証すべき事実は、
(イ) 当該外務員が被告に所属すること、
(ロ) 有価証券の売買その他の取引など被告の業務の範囲に属する業務につき、原告が右外務員との間で有価証券の売買のための預託等取引行為をしたこと、
ということになる。それゆえ、右事実の主張、立証によって、当該外務員が真実は原告の代理人であっても、その外務員が被告の代理人であることまで同条一項によりみなされてしまうことになる。このようにみて来ると被告の抗弁事実である同条二項所定の「悪意」の内容はその外務員が被告のためにこれに代わって第一項所定の行為をなしたものでないという事実をも含むべきことになる。そして、当該外務員が原告(顧客)の代理人として行為したという事実も同条第二項の悪意の抗弁の中に含まれることになる。なぜなら右事実は、当該外務員が被告のためにこれに代わって右同条第一項所定の行為をなしたものでない、という右抗弁の最小限の内容を含んでいる点でのみ法律上意味があるからである。
三、以上の法解釈を前提に抗弁事実の成否を検討する。
(一) 前記法改正前について。
改正前の時期に属する原告と訴外山田との間の行為は、別紙目録記載の(1)(5)(6)の株式預託の行為である。
≪証拠省略≫を総合すると、なるほど訴外山田は被告に雇傭される前に大谷証券株式会社の堺出張所長をしていたが、原告とすでに昭和二八、九年頃から知り合い、原告から証券の売買の委託を受けていたこと、そして、被告に雇傭されてのちも引続き同様に原告から証券の売買等の委託を受けており、その際預り証などにあるいは右訴外人の氏名のみを記したり、あるいは右大谷証券の株式会社で用いていた預り証を使用しその中の印刷された右会社名の一部分の上に収入印紙を貼付してその脇に自己の氏名を記するなどして原告に交付していたことが認められるけれども他方≪証拠省略≫を総合すると、訴外山田は被告の外務員であることを記した名刺を原告に手交し、また被告名入りの封筒を用いて原告と交渉をしたことが認められ、前記認定の事実と右認定事実とを対比しかつ≪証拠省略≫に照して検討するとき、前記認定事実は抗弁事実を証するに足りない。≪証拠判断省略≫
(二) 改正後の点について。
この時期に属する原告と訴外山田との間の行為は別紙目録記載の(2)(3)(4)(7)の株式預託および請求原因(三)記載の株式売却のための預託である。被告は前段所掲の改正前に関する抗弁事実を改正後の証券取引法第六四条第二項に照応して構成し、原告の悪意の主張をする。しかし、前段認定の事実に照して考えるとその前提となる前段所掲の改正前の点に関する抗弁事実に相当する事実自体が認められないので、原告の悪意を認めることができない。
なお、他に原告の悪意を証するに足りる証拠も存しない。
四、代償請求について検討する。
原告は昭和四六年九月七日付準備書面において、「口頭弁論の終結時に近接した時期」として昭和四六年九月六日をとり本件株式のその日の株価を代償請求の額として主張する。これをその主張の趣旨にそって解釈するとき結局、原告は本件最後の口頭弁論期日における株価を代償請求として主張するものと解することができる。それゆえ、原告主張の具体的な年月日にかかわりなく、本件最後の口頭弁論期日を本件代償請求の額の基準日として検討することとする。そして、本件最後の口頭弁論期日(昭和四七年三月六日)において本件株式の価格は少なくともそれぞれ別紙目録「(五)株式の時価」らん記載の価格であったことは顕著な事実である(なお、昭和四七年三月七日朝刊朝日新聞によると、同月六日の大阪証券取引所関係の最終値株価は同目録記載(1)の銘柄につき金二七二円、同(2)の銘柄につき金五四円、同(3)の銘柄につき金二六五円、同(4)の銘柄につき金一三九円、同(5)の銘柄につき金一三八円、同(6)の銘柄につき金一四二円、同(7)の銘柄につき金一一二円である)。
五、以上の次第で、被告の抗弁が認められない本件においては、被告は原告に対し本件株式を引渡し、これが執行不能な場合にはその不能な分につき、別紙目録「(五)株式の時価」らん記載の株価の割合による代償金の支払、および未払の売却代金一二六万〇、一三四円とこれに対する請求の日の翌日である昭和四四年一〇月三〇日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。それゆえ、原告の本訴請求はすべて理由があるので、これを認容することとし、民訴法八九条、一九六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 東孝行)
<以下省略>